活動報告

岐阜大学 垣内 俊彦

教育講演4

宮崎県における拡大スクリーニング

宮崎大学医学部看護学科 基礎看護学領域 教授
宮崎大学医学部附属病院小児科
宮崎県新生児マススクリーニング検査専門委員会 委員長

澤田 浩武

宮崎県の新生児スクリーニングの実施体制

はじめに、宮崎県の新生児スクリーニングの実施体制をお話しします。
宮崎県の新生児スクリーニングは熊本にあるKMバイオロジクス株式会社の前身である一般財団法人化学及血清療法研究所にて検査をしていましたが、2001年にスクリーニング事業が一般財源化された時に、宮崎県の公益財団法人健康づくり協会で検査を担当することになり、宮崎県内で検査を実施することになりました。
また、宮崎県には宮崎県新生児マススクリーニング検査専門委員会があり、年1回、委員会を開催して、その年の再検率や診断結果、医療機関からの受診後医療経過などを行っています。また次年度のスクリーニング事業の討議も行われるため、拡大スクリーニングについてはこの場において協議していました。

宮崎県新生児マススクリーニング検査専門委員会

宮崎県新生児マススクリーニング検査専門委員会は、私が宮崎大学小児科の代表で、メンバーは健康づくり協会、産婦人科教授、宮崎県産婦人科医会会長、宮崎県小児科医会会長、宮崎県福祉保健部健康増進課課長、宮崎県保健所長会長などです。また、陽性者の精査を担当する小児医療機関の先生方にもご参加いただいており、顔を合わせる重要な機会となっています(表1)。
また、宮崎県健康づくり協会には、非常に優れた技術者の方がおり、神田一夫先生は日本マススクリーニング学会の評議員で、新生児スクリーニングの新たな取り組みに理解があり、積極的に進めてくださっています。宮崎県は新生児スクリーニングの実施体制としては、非常に機動力のある状況にあると思います。

宮崎県の拡大スクリーニング

現在、宮崎県が取り組んでいる拡大スクリーニングは主に3つあります。
① LC/MS/MS スクリーニングキットのバーションアップ(無料)
現在使っているタンデムマスの測定キットNeoBaseがNeoBase 2 にバージョンアップします。それに伴い、グルタミン酸やオルニチンなどが測定でき、これまで以上に多くの尿素サイクル異常症がスクリーニング可能となります。また、アデノシン、デオキシアデノシンが評価できるので、ADA欠損症も対象となります。副腎白質ジストロフィーも今年度中にはスクリーニングの対象疾患となる予定です。
② ライソゾーム病のスクリーニング(有料)
ライソゾーム病に関しては、NeoLSD MS/MSキットを用いて、ポンペ病、ファブリー病、ムコ多糖症Ⅰ型、ゴーシェ病を4月から開始しています。また、実際にはニーマンピック病A、B、クラッベ病もスクリーニングできますが、治療方針が確立していないことから、対象疾患とはしていません。ただし、スクリーニングで発見された場合は、精査対象として対応していく予定です。
また、この測定キットに含まれないムコ多糖症Ⅱ型に関しては、疾患の発症頻度の観点から、NeoLSDキット特注を使って実施しています。
③ 重症複合免疫不全症(SCID)のスクリーニング(有料)
SCIDに関しては、4月から始まっています。NeoMDxキットによりTRECだけではなく、KRECも含めてスクリーニングを行います。

現在、報告書ではタンデムマスによる疾患を「その他の代謝性疾患」としており、新たに対象疾患が加わった場合も、現在の報告書をそのまま扱う形で進めていく予定です。
また、宮崎大学小児科の神経グループ、免疫グループ、内分泌代謝グループと協議し、スクリーニング陽性者に対する精密な検査体制を整えた上で、スクリーニングを始めていくことになりました。

宮崎県の有料拡大スクリーニング実施までの経緯

この有料拡大スクリーニングを開始に漕ぎつけるまでには、非常に多くの課題をクリアする必要がありました。これから拡大スクリーニングを進める県の先生方に少しでも参考になればと思い、その経過を説明します(図1)。
2015年8月、宮崎大学では小児科の前教授、布井博幸先生が免疫不全の専門家であったことから、TREC/KRECによるSCIDのスクリーニングを紹介していました。
その後、熊本大学でライソゾーム病のスクリーニング、東京医科歯科大学の今井耕輔先生がSCIDのスクリーニングを開始。さらに、我々にインパクトを与えたのが、2017年4月から始まった愛知県でのSCID、ポンペ病のスクリーニング事業の開始でした。いよいよ全国でも始まるということで、本腰を入れて宮崎でも始めることになりました。
2017年8月、宮崎県新生児マススクリーニング検査専門委員会において、拡大スクリーニングを進めていきましょうということを提案しました。宮崎県に対しては、現行のろ紙をそのまま使わせていただきたい、別にろ紙を採取するというのはしない方法でご協力いただきたい、宮崎県健康づくり協会にはその検査体制をしっかりと整えてもらうということで協議を開始しました。
それと同時に、宮崎大学医学部附属病院 医の倫理委員会に、対象疾患拡大に関する研究申請をしましたが、却下されました。
理由は「研究対象者が費用負担する『研究』はない。研究対象者が費用負担するのであれば、資料提供が宮崎県で、資料の解析測定が宮崎県健康づくり協会で進めているので、『事業』として進めるべきだ」ということでした。
そこで、宮崎県ではこれを事業として進め、公費負担は財源が確保できないため、有料拡大スクリーニング事業という形で進めていくこととなりました。

2018年8 月、宮崎県からろ紙をそのまま使わせていただけることが確約できましたし、健康づくり協会もその実施体制はほぼ整っている状態でしたが、宮崎県産婦人科医会から、これの普及に関しては少し検討させてほしいということでした。
2019年2月に宮崎県でいよいよこのスクリーニング事業の実施依頼をしましたが、宮崎県産婦人科医会から、「費用対効果がどのくらいあるか」の回答を求められました。また、「有料」というのが大きな問題で「公費負担にならないか」との指摘があり、実施協力はすぐに得られない状況でした。
費用対効果については、対象疾患のナチュラルヒストリーが未だ明らかでないこと、治療効果のエビデンスも不十分なことから不明であることをお伝えするとともに、現在の新生児スクリーニングは経済効果のために実施しているのではなく、福祉として実施すべきものとお答えしました。

産科からみた拡大スクリーニング実施の問題点

公費負担ではなく、有料で開始する場合、産科からみてスクリーニング実施には2つの問題点がありました。
① 有料スクリーニングの説明
有料スクリーニングにすることによって、産婦人科の先生方は、スクリーニング対象疾患の説明を十分に行う必要があります。
② 分娩による収益の減少
出産時、全国的にはお子さん1人につき約42万円の出産育児一時金が支給されています。そして、出産にかかる費用が支給されたお金から支出されて、その残りがお母さんにまた返されるという形です。宮崎県の場合、出産にかかる費用は一時金の42万円ぎりぎりでやっていて、新たに支出が増えることになると、その分、医療の質を落とすわけにはいかないので、産婦人科の先生方の収入が減ることになります。

まず、①の問題に対しては、わかりやすい説明資材を作成しますと説明し、②の問題に対しては、それでも対象疾患を増やしていく必要があること、場合によっては検査手技料を増額ということで対応いただくことを説明しました。また、拡大スクリーニングにご協力いただける施設には、クイックヒールランセットを無料で配布するといったことを提案しました。
2019年8月においても、協議しながら協力依頼を進めていましたが、宮崎県産婦人科医会は検討中という状況した。
2019年12月には拡大スクリーニングが実施できる体制が完了。
2020年1月、宮崎県産婦人科医会、産科婦人科学術集会で、拡大スクリーニングの有用性と対象疾患の説明を予定しました。
ここで重要な転機が訪れます。説明の前に、宮崎大学学長、池之上克先生にご相談したところ、「拡大スクリーニングをしないことで、産婦人科の先生にどのような不利益があるか」を丁寧に説明してほしいと要請されました。
そこで、以前、ムコ多糖症Ⅱ型のお母さんから聞いた「早期診断されなかったことの不利益」について、インタビュー録画して、それを産科婦人科学術集会で報告することにしました。
他にも、プレゼンテーション前に事業合意に向けた多くの準備をしていただき、2020年1月、宮崎県産婦人科医会・学術集会での合意を得て、拡大スクリーニングを開始することになりました。
スクリーニング開始1ヵ月前の2020年3月からパイロットスタディを開始し、4月から拡大スクリーニングを開始しました。費用はライソゾーム病で3,000 円、SCIDで3,000 円に設置しました。宮崎県内では年間9,000 人が出生します。里帰りを含め大体1万人位を検査します。その半分、約5,000人がこの検査を受けてくれれば、収支がぎりぎりプラスになる設定です。それと、クイックヒールランセットを産科に提供しています。
開始後の受検率は、4月34.4%、5月43.0%、6月45.9%で、7月はおそらく50%を超える予想(その後54.5%)で、7月19日の時点で1,200 例位が検査を受けている状況です。

説明資材

説明資材について、解説いたします。説明用の動画については、各産婦人科にDVDで配布するとともに、お母さん方への説明書の中に、YouTubeの2次元バーコードを載せて、いつでも見られるような形にしています(図2)。
また、同意書には、ファブリー病の検査は女児では診断できないことがあることを記載しています。
それから、宮崎大学でも簡単な説明資材を各産科施設にお配りしています。そして、出生前や外来時、医師や外来看護師に検査の説明をしていただき、対応しているという状況です。

宮崎県の新生児スクリーニングシステムと今後の取り組み

図3のような形で宮崎県では産婦人科がお金を徴収し、健康づくり協会からその検査料金を産婦人科に請求するような形で新生児のスクリーニングシステムを行っております。
今後の取り組みですが、さらなる受検率アップ、本年10月からのロタウイルス定期接種に伴う、SCIDの一部公費負担、SMAへの対象疾患拡大について、進めていきたいと思います。

拡大スクリーング実施に際して実感したこと

拡大スクリーング実施に際して自分自身が実感したポイントをまとめます。
① 早期から産科と協議すべき、あるいは、基盤を固めてから産科に協力依頼する、その両者を検討しながら準備を進めることが必要です。
② 人脈を含め大事なネットワークを駆使して取り組むことが大切です。
③ 始めないと分からないことがあります。とりあえず、始めてみることが重要です。
今後、拡大スクリーニングを始める先生方に少しでもお役に立てれば幸いです。

質疑応答(Q&A)

坂本:スクリーニングを広げることは容易ではないことを、実感しました。DVDがとてもリアルで、すごく伝わる内容になっていると思います。このDVDは先生方で作成されたのですか。
澤田(浩):自分たちで作らないとお金がかかるので、まず元ネタをパワーポイントで作りました。愛知県が同じようなDVDを作成していましたので、それも参考にして、患者さんのお話や宮崎県のオリジナルの部分を加えて、宮崎大学のメディア企画室にお願いし、無料で作ってもらいました。それを1枚100円位でコピーして、各産科施設に送りました。
坂本:他県の先生方にもとても参考になると思います。
中村:本当にいろいろな準備から、同じように苦労して、1つ1つクリアしないと実際のスクリーニングが始まらないというのが非常によくわかりました。同意率がある程度上がらないと、事業として厳しいと思います。今、同意率が少しずつ上がってきている中で、さらに高くしていくための準備として、今どういったことを計画されていますか。
澤田(浩):本当は、4月以降、各産科施設に回っていく予定だったのですけれども、それがコロナ禍の影響で断念しています。今後は、毎月健康づくり協会から月報を出して、受検率を産科施設にフィードバックするような形で協力を仰ぐことを繰り返していく予定です。
それから、実際手技をするのは助産師の方々だと思いますので、今後Zoomなどを用いた講習会で、スクリーニングの手技も含めて講演して広めていこうと思っています。
中村:産科の先生が、これは大事だとお母さんたちに言ってくださるとか、助産師さんたちが、先生が準備されているとおり、説明しやすくて、助産師さんも理解して説明できるような内容になっていることが結果的には同意率をあげていくのではないかと思っています。ぜひご健闘をお祈りしています。
澤田(浩):ありがとうございます。

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