活動報告

熊本大学 大学院生命科学研究部小児科学分野 中村 公俊

教育講演1

厚労省中村班報告と拡大新生児スクリーニング準備・実施の現状

熊本大学大学院生命科学研究部小児科学講座 教授

中村 公俊

九州新生児スクリーニング研究会

  九州新生児スクリーニング研究会も9回目になり、九州先天代謝異常症診療ネットワーク会議を併催としています。2013年1月に第1回を開催しましたが、そのころ、タンデムマススクリーニングが導入されるということで、全国で先天代謝異常症を診療するにあたり、特に診療の支援体制を構築しようということで研究会を立ち上げました(図1)。
この会は「顔が見える関係」というものを大事にしています。というのも先天代謝異常症は希少疾病であり、患者・検査センター・医療機関だけでは診療が完結せず、行政や専門施設も含めた支援が必要となります。そのため関わっている方すべてが顔を合わせて気軽に相談できる関係であることを大切にしてきました。
そういった仕組みとしては、全国的には「難病相談支援センター」が講演会、交流会や難病治療・生活相談を行ったり、「TMSコンサルテーションセンター」がスクリーニングに関する相談や事業の円滑化の支援などを行っています。一方、九州新生児スクリーニング研究会は地域に根差した支援体制を目指していますが、実際には全国から研究会にご参加いただいております。

厚労省中村班の取組み

  私ども厚生労働省難治性疾患政策研究事業 中村班は、先天代謝異常症を中心とした新生児スクリーニング対象疾患の診断・治療、生涯にわたる支援を目指して、難病対策として作られた研究班です。平成24年度に熊本大学医学部の遠藤文夫先生(現、くまもと江津湖療育医療センター 総院長)が代表の遠藤班として研究を開始し、タンデムマススクリーニングを中心とした診断基準、治療ガイドラインを作成。平成28年から中村班として同様に生涯にわたる診療支援を中心にガイドラインの作成・改訂、診療体制の整備などを進めてきました。その中で、毎年行われる全国合同患者会の開催の支援や、国立成育医療研究センターを中心とした先天代謝異常症患者登録制度( JaSMIn)を共同で行っています。そして2015年には新生児スクリーニングの対象となっている難病をほぼ網羅した診療ガイドラインを作成、2019年には改訂を行いました。さらに、2020年4月には特殊ミルク治療ガイドブックを作成いたしました。

新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン2019

  「新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン2019」は2019 年9 月に改訂して、私もタンデムマスの陽性患者さんが受診する際には、診断の考え落としがないかと一度は開くようにしています。実際に使う側になって読んでみても、必要なところが見やすい形で記載されており、役に立つと感じております。対象疾患も26疾患と2病態について記載してあります(図2)。

特殊ミルク治療ガイドブック

  「特殊ミルク治療ガイドブック」は日本先天代謝異常学会のみならず、日本小児内分泌学会、日本小児栄養消化器肝臓学会、日本小児腎臓病学会、日本小児神経学会などのご協力も得て作成しました。これも特殊ミルクを使うような疾患の患者さんが受診されるときに目を通していただくと、どういったミルクが適応になるか、いつごろまで使う必要があるのかなど、患者さんに説明しなければならない内容がひと通り簡潔にまとめられております。
特殊ミルクについては先天代謝異常症の特殊ミルク対象27疾患の他に小児内分泌・電解質系統7疾患、消化器系統7疾患。腎疾患に関しては小児慢性腎臓病(P-CKD)という1つの適応症名で多様な病態を治療できるとしてあります。神経疾患では特に難治てんかんでのケトンフォーミュラについての適応、使用方法などを詳しく説明しております。

中村班における4つの課題

  今年度から3年間、私ども研究班は新たな課題を取り入れて、また、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)や政策研究などの研究班や患者会、関連学会とも連携しながら研究を進めていくことになりました。
課題としては、①対象49疾病の診療ガイドライン作成や改訂と学会承認、②移行期医療と成人期の診療体制の整備と診療モデルに基づく診療ガイドの作成、③登録制度の推進、患者会の支援および海外の登録制度との連携、④スクリーニングと特殊ミルク制度に関する課題整備、について研究対象に考えているところです(図3)。

拡大新生児スクリーニングの実施状況

  新生児スクリーニングについては対象疾患が少しずつ拡大しているところですが、日本でもこれまでの対象疾患に加えてパイロットスタディとして行われている新生児スクリーニングが増えてきています。そういったものは海外でも対象疾患として認められているものもあり、パイロットスタディとして行われているものもあります。また米国では州によって対象疾患が異なるといった地域差があります(表1)。
わが国では、熊本県で2006年からファブリー病の新生児スクリーニングのパイロットスタディを開始しました。2010年にタンデムマススクリーニングが公費負担にならないということで、有料として始めた経緯がありました。そのあと2013年にタンデムマススクリーニングの公費化に伴い、ファブリー病、ポンペ病、ゴーシェ病、ムコ多糖症Ⅰ、Ⅱ型の有料検査として拡大していきました。現在では重症複合免疫不全症(SCID)、低ホスファターゼ症(HPP)についてパイロットスタディとしてスクリーニングを行っているところです。福岡県ではライソゾーム病を中心とした有料検査、2020年4 月からは宮崎県での有料検査が開始されました。愛知県でもファブリー病、ポンペ病、ムコ多糖症Ⅰ、Ⅱ型、SCIDの拡大スクリーニングを実施しています。それ以外に準備を進めている地域も多数あり、具体的には決まっていないものの、進めたいとご相談を受けている地域もあります。

拡大新生児スクリーニングの国内実績

  拡大新生児スクリーニングの国内の結果をみてみると、ファブリー病は約60万人に対して古典型男児が8 例、遅発型男児が31例見つかりました。ポンペ病は約22万人に対して遅発型1例とその他にフォロー中の疑い例3例が認められ、頻度がかなり少ないことがわかってきました。ゴーシェ病、ムコ多糖症Ⅱ型に患者さんが見つかっています。また、免疫不全症に関しても生ワクチンの使用が禁忌となった患者さんが1例見つかっております。

新生児スクリーニングの推奨度

  米国では新生児スクリーニングの推奨度に優先順位をつけるという試みが行われており、RUSP(the Recommended Uniform Screening Panel)に新生児マススクリーニングすることを推奨する疾患として登録されます。その中でcore condition といって優先順位の高い疾患として、2006年には中鎖アシル CoA 脱水素酵素(MCAD)、先天性甲状腺機能低下症(CH)、フェニルケトン尿症(PKU)などが推奨され、ファブリー病やポンペ病などは低いとされていました。しかし、2018 年には重症複合免疫不全症(SCID)、ムコ多糖症Ⅰ型、副腎白質ジストロフィー(X-ALD)、ポンペ病がcore condition に登録されるようになりました。
日本でも国立成育医療研究センター 但馬 剛先生を中心に、日本版RUSPによる推奨度の選定が進んでいるところです。現行の新生児スクリーニングではPKUなどの優先順位が高く、新規では免疫不全症などの優先順位が高いと考えられています。ライソゾーム病なども比較的高いものも含まれてきています。
特に免疫不全症では2020年10月からロタウイルスワクチンが定期接種化されます。生ワクチンは非常に早い段階で接種する必要があり、生ワクチンを接種してはいけないであろう免疫不全症の赤ちゃんを早く見つけ出すことが必要となることがわかってきました。

拡大新生児スクリーニングの準備と実施状況

  そういった中で、熊本、福岡、宮崎、愛知など、ライソゾーム病や免疫不全症など、すでに全県規模でスクリーニングを行っている地域が出てきました。さらにそれ以外にも、様々なスクリーニングを近々始めるということで準備をされている地域があります。特に、SCIDなど免疫不全症の新生児スクリーニングに積極的に取り組もうとしている地域が増えてきたと感じているところです。

遺伝学的検査における遺伝カウンセリング

  新生児スクリーニングでは遺伝カウンセリングも同時に考えていく必要があると思います。新生児スクリーニングは遺伝学的検査のひとつとして行われますので、主治医によるインフォームド・コンセントがあれば、遺伝カウンセリングを受けなくてもスクリーニングが可能です。しかし、希望される場合には遺伝カウンセリングを行う体制が必要になると考えています(表2)。

質疑応答(Q&A)

  松本:ガイドラインの改訂は何年おきに予定されていますか?
中村:特に決まりはありませんが、これまでの経過から考えると、3~4年経つと新しい知見が増えてくるので、それぐらいを目途に改訂が必要になってくると思います。また新生児スクリーニングの対象疾患が増えてくると、新たにガイドラインに付け加えていく必要があると思います。

松本:これまでの生化学スクリーニングと異なり、新生児スクリーニングには遺伝学的検査が入ってきたことは非常に大きいことと思います。今後、遺伝学検査が追加されていく可能性というのは高いのでしょうか?
中村:そこはとても大事なところだと思います。脊髄性筋萎縮症(SMA)も遺伝子の特定の変異をみることによって、incidental finding を除いた検査になると考えられます。遺伝学的検査としての説明と同意に基づいて行うことができるスクリーニングということになってくると思います。
それと同じような位置づけとして、SCIDに対するTREC/KREC検査、他にも現在治療薬が市販されるようになったデュシェンヌ型筋ジストロフィーなど、いろいろな疾患が治療可能になると、遺伝子を対象としたスクリーニング検査が可能になると思います。また、手技的には同じ検体を使ってqPCRを用いて、同時にスクリーニングができるという新たな費用対効果が高いスクリーニングがでてくるのではないかと考えています。遺伝子を使ったスクリーニングを、いかに安全に安価に、また理解を得ながら進めていくかということも、これからの大切な課題ではないかと考えています。

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