活動報告

岡山医療センター 古城 真秀子

教育講演2

ライソゾーム病の新生児スクリーニング

熊本大学大学院生命科学研究部小児科学講座

澤田 貴彰

ライソゾーム病の概要

本日は、熊本県でのライソゾーム病の新生児スクリーニングの状況について、熊本県の新生児スクリーニングで発見され、早期治療ができたファブリー病・ゴーシェ病の症例についてお話します。
ライソゾームとは、不要になったタンパク質などを分解・廃棄する細胞内小器官で、ライソゾーム病では、このライソゾーム酵素自体または活性化因子などの遺伝的欠損により、細胞内にさまざまな物質が蓄積し、細胞障害を引き起こします。現在、50種類以上の疾患が知られています。2000年前後から酵素補充療法(ERT)が承認され始め、現在、日本では8疾患に対してERTが承認されています。

熊本県でのライソゾーム病新生児スクリーニングの歴史

1998年にゴーシェ病のERTであるイミグルセラーゼが承認されました。2001年に乾燥ろ紙血を用いて蛍光基質法による酵素活性測定が開発され、新生児スクリーニングが可能となりました。2004年にファブリー病のERTであるアガルシダーゼβが承認され、熊本県では、その2年後から、ファブリー病の新生児スクリーニングを開始しました。2006年にムコ多糖症Ⅰ型、2007年にムコ多糖症Ⅱ型とポンペ病のERTが承認されたことを受けて、熊本県では2013年からポンペ病、2016年からゴーシェ病とムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型の新生児スクリーニングを開始しています。

熊本県でのライソゾーム病の新生児スクリーニングの方法

<まず、熊本県内の産科医療施設でインフォームド・コンセントによる同意を得て、新生児のろ紙血が採取され、検査施設であるKMバイオロジクス株式会社へ搬送されます。そこで現行の新生児スクリーニングが行われますが、その同じろ紙血を用いて、蛍光基質法によってライソゾーム酵素活性が測定されます。精密検査が必要と判断された児は、熊本大学病院を受診し、診察と必要な検査が行われ、Long-range PCRと次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析が行われます(図1)。

熊本県の新生児スクリーニングで発見されたライソゾーム病患者

表1は熊本県の新生児スクリーニングで発見されたライソゾーム病の患者数を示したものです。熊本県では年間約1万6000人が出生しており、ライソゾーム病検査の同意率は2019年で95.9%でした。
ファブリー病が最も多く、検査数約22万人のうち要精密数が66人、疾患の可能性がある遺伝子variant を持っていた患児が23人認められ、その頻度は9,513人に1人です。男児に限定すると6,491人に対し1人の割合になります。
ゴーシェ病は、約4万人を検査して要精密数が2人。その2人ともゴーシェ病の診断を受けました。発見頻度は約2万人に1人です。ポンペ病、ムコ多糖症Ⅰ型、Ⅱ型に関しては、精密検査は行われていますが、今のところ実際に診断された患者は熊本県ではいません。

偽陽性率

偽陽性率は、ゴーシェ病やムコ多糖症Ⅰ型に比べると、ファブリー病やポンペ病、ムコ多糖症Ⅱ型で高くなっています。これは、偽陽性率の高いライソゾーム病では、機能的多型やpseudodeficiencyが多く検出されているからです。我々が行った新生児スクリーニングの遺伝子解析では、ファブリー病のc.196G>C (p.E66Q) という機能的多型が、遺伝子解析を行った対象者の38%に見られました。
また、ポンペ病のc.[752C>T;761C>T](p.[S251L, S254L]) は、遺伝子解析を行った対象者の99%に認められました。ムコ多糖症Ⅱ型でも2種類のpseudodeficiencyが検出されています(表2)。

ファブリー病の概要

次に新生児スクリーニングで発見されたファブリー病の症例についてお話しします。ファブリー病は、α- ガラクトシダーゼAが欠損または活性が低下することによって、ライソゾーム内にその基質であるグロボトリアオシルセラミドが進行的に蓄積します。基質は血管内皮細胞、自律神経節、汗腺、腎、心臓、角膜などに蓄積し、四肢疼痛、腎不全、蛋白尿、心肥大、被角血管腫、発汗障害などを引き起こします。X連鎖性遺伝形式ですが、女性ヘテロ接合体でも発症する可能性があります。
病型は、男性で四肢疼痛や発汗障害などの特徴的な症状を幼児期から学童期に発症する「古典型」、男性で特徴的な症状は示さないものの心疾患や腎合併症で成人期以降に発症する「遅発型」、「女性ヘテロ型」と大きく3つに分類されています。
我々が行った新生児スクリーニングでは、原因遺伝子であるGLA遺伝子の2割が古典型の症状を発症するvariant、半数が遅発型の症状を発症するvariant、残り3割はこれまでに報告のないvariant でした。

症例1 ファブリー病

現在10歳の男児です。
【現病歴】妊娠中や周生期に異常なし。新生児スクリーニングでα-ガラクトシダーゼAが低値(4.7AgalU(cut off 20))であったため、当科で精査。身体診察、一般血液検査で異常はなかったものの、GLA 遺伝子に既知の古典型variant(c.1072_1074delGAG( p.E358del))を認め、ファブリー病と診断され、3~6ヵ月間隔でフォローアップ中。5歳頃から入浴時や運動時に四肢疼痛が出現したため、6歳からERTを開始しました。
【家族歴】13歳の姉に症状はありません。母と母方叔母には中学生の頃より四肢疼痛がありました。
【身体所見】現在、身長146cm(+2.0SD)、体重59kg(+3.5SD)、BMI27.68と肥満。心肺異常所見はなく、被角血管腫や角膜混濁などもありません。
【血液検査・尿検査】一般血液検査に異常はありませんが、Lyso-Gb3は基準値よりも高値。尿検査では尿タンパクはなく、マルベリー小体も認めていません。
【胸部レントゲン・心電図】今のところは異常を認めていません。
【経過】2歳の時、発熱時に四肢の疼痛を訴えたことがありましたが、その後、繰り返すことはなく、経過していました。4歳頃になって、姉より汗をかきにくいということを母親が話していました。5歳頃になると、入浴や運動で四肢疼痛が出現。そこで、6歳からERTを2週間に1回開始したところ、四肢疼痛や発汗障害は改善していきました。しかし、9歳頃になると、四肢疼痛が増悪したために、カルバマゼピンの内服を開始したところ、四肢疼痛も抑えられています。Lyso-Gb3は、ERTを開始した後に2回検査しており、28、13.8と、低下傾向ではありますが、基準値よりもまだ高値です(図2)。
また、発端者の母と母方叔母は、中学生のときから手足の痛みがあり、遺伝子解析で発端者と同じvariant を認め、女性ヘテロ接合体の診断となりました。母はERTを開始しています。13歳の姉は、遺伝子解析で同じvariant を保有していないことを確認しました。

症例1のまとめ

●早期診断によって、適切な治療時期とされる四肢疼痛の出現後早期にERT を開始し、症状の改善を認めました。しかし、我々が行った新生児スクリーニングで発見され、ERT を開始している古典型variant3例の中には、初発症状よりも検査異常(心臓MRI での造影遅延、マルベリー小体)が先行してERT が開始された症例もあります。したがって、臨床症状だけでなく、検査所見にも注意が必要と考えられます。
●新生児スクリーニングによる児の診断が、家族の診断と治療にもつながりました。
●バイオマーカーであるLyso-Gb3 は、低下傾向にありますが、まだ高値であるため、ERT の使用量が適正であるかの確認が必要です。また、ERT のみで効果が不十分の場合は、開発中の基質合成抑制療法の併用療法が将来的に検討されると考えられます。

ゴーシェ病の概要

1歳6カ月になる女児のゴーシェ病患者です。
【現病歴】妊娠中、周生期に異常なし。新生児スクリーニングでGBAが低値(0.6 pmol/h/disk(cut off 5))であることが判明し、当科で精査。GBA 遺伝子に既知のvariant (c.1448T>C(p.L483P))をホモ接合で認め、貧血と血小板減少、脾腫もあり、ゴーシェ病と診断され、ERTを開始。
【家族歴】5歳の姉は、GBA活性は正常。両親はそれぞれGBA 遺伝子に同じvariant をヘテロ接合で保有していました。
【身体所見】現在は、身長77cm(-1.0SD)、体重8.75kg(-1.1SD)と正常範囲内で、成長障害は認めていません。心肺異常所見はなく、肝臓・脾腫触知していません。
【経過】ERTを2 週間に1 回開始後、脾腫は改善し、貧血、血小板減少も改善を認めています。精神運動発達も全く問題なくマイルストーンを達成。しかし、1歳を過ぎた頃から水平方向への眼球運動の異常が出現しています(図3)。

症例2のまとめ

●早期治療により貧血、血小板減少、脾腫は改善し、成長障害や精神運動発達遅延もなく経過しています。
●ERT の神経症状への効果は限定的であり、本症例でも眼球運動異常が出現しています。当科で行った何らかの神経症状を示す患者に対するゴーシェ病のハイリスクスクリーニングで、102例のうち2例が診断されましたが、両者とも神経症状として眼球運動異常が認められました。今後、神経症状の進行に注意が必要と考えられます。また、神経症状への効果が期待されている分子シャペロン療法の承認が期待されます。

まとめ

●熊本県では、14 年間で約22万人のライソゾーム病の新生児スクリーニングを行い、25人(ファブリー病23人、ゴーシェ病2人)をライソゾーム病と診断しました。ポンペ病とムコ多糖症Ⅱ型では、pseudodeficiencyの存在により、偽陽性率が高くなっていました。
●発見された患者は、慎重なフォローアップを受けており、適切な時期にERT が開始され、その効果も得られています。
●ERT だけでは効果が不十分な症例があり、さらなる治療法の発展が期待されます。

質疑応答(Q&A)

松本:現在行われているファブリー病の新生児スクリーニングで、女性ヘテロ接合体も発見されていますか。また女性ヘテロが見つかった場合、どのように治療されていますか。
澤田(貴):スクリーニングで女性ヘテロの患者さんも見つかっています。現時点では、治療を開始されている患者さんはいません。ただ、女性ヘテロの患者さんをきっかけとした家族解析で見つかって、治療を開始している患者さんはいます。

松本:今のところは、スクリーニングで見つかった方に症状はありませんか。
澤田(貴):症状はないです。もちろん、症状が出てきたら治療が必要だと思います。

松本:ライソゾーム病のスクリーニングにおいて、偽陰性は今までに報告はなかったでしょうか。また、偽陰性があっ た場合、カットオフの見直しなどはどのくらいの頻度で行う必要があるのでしょうか。
澤田(貴):偽陰性については、カットオフはかなり広くとって、見逃さないというところを目標にしています。ただ、ファブリー病の女性患者に関しては、見逃しがある可能性は高いと考えています。
MPSⅡは偽陽性が高かったので、カットオフ値は今回見直しています。必要があれば適宜行っている状況です。

松本:今までのところ、この22万人で見逃し例は存在しないということでよろしいでしょうか。
澤田(貴):今のところ報告としては聞いていません。

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